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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和24年(ヨ)2号 判決 1949年2月18日

申請人

中尾由太郎

外十四名

被申請人

平山炭坑労働組合

被申請人

明治鉱業株式会社

主文

申請人等の申請は之を却下する。

訴訟費用は申請人等の負担とする。

申請の趣旨

申請人等訴訟代理人は、昭和二十四年一月十六日申請人等に対し、被申請人組合が為した除名処分並被申請人会社が為した解雇処分は何れも申請人等から被申請人両名に対し提起する労働組合員除名並解雇無効確認請求事件の判決確定に至る迄其の効力を停止する。との裁判を求める。

事実

(一)  被申請人明治鉱業株式会社平山坑業所(以下単に平山炭坑或は会社と略称する)の労働組合は被申請人平山炭坑労働組合(以下労働組合と略称する)及同坑職員労働組合(以下職組と略称する)の二つに分れ申請人等は何れも会社の従業員で労組の組合員であつたが、労組は昭和二十四年一月十六日申請人等を除名し会社は協約に従い同日申請人等を解雇した。

(二)  それ迄の経緯の概要は出炭不振の状態にあつた平山炭坑は昭和二十三年十一月十六・十七の両日来鉱した九州炭坑特別調査団から速に強力な労資協調の体制を樹立することを要請され、会社労組職組の三者は之に応へて同年十二月三日合同協定による生産対策要鋼を作成実施することになつたが之より先同年十一月二十六日同坑二坑右九片一番払で発生した鉱員と職員との紛争に端を発し二坑直接夫が同年十二月八日一番方から無期限ストに突入した。之が直接の原因となり調査団からは直に翌九日以降加配米、全褒奨物資、特配物資の配給並炭住計画の各停止の措置がとられた。

窮地に陥つた平山炭坑は直ちに三者が相寄り対策に苦慮したが、共産党平山細胞は同月十一日闘争宣言を発し飽く迄も二坑ストに拍車をかけると決意を示した。

同月十七日開かれた三者会議で此の共産党細胞の行為の責任を追求することとなり生産阻害者は三者の名で排除することとなつた。

その後昭和二十四年一月二日労組臨時総会で申請人等幹部は辞職し新幹部の選出があつて同月十五日事務引継を行つたところ、同日三者会議が開かれ翌十六日突如前述の除名並解雇処分が行はれたのである。

(三)  然し以下述べる理由に由り右除名並解雇は無効である。

(1)  労働組合は社団であるが内部関係は民法組合の規定の適用があるから除名に付て組合規約の定めがない以上民法第六百八十条に依り全員一致の同意を要する。右除名が此の手続を経ていないことは明かである。

(2)  被申請人組合は同年一月二日の総会で除名の決議があつたと主張しているが、右総会の招集には議案の予告も招集通知も徹底していなかつた招集に付て規定がないとすればストライキ決行の場合の慣行に準じて行ふべきで、そもそも右総会はその招集の手続に違法がある。

(3)  又当日の総会の出席者は組合員の半数にも達せず斯る総会の決議は無意味である。

(4)  尚右総会の決議は除名者を三者会議で調査し其の結果を再び総会に諮つて決議するという趣旨の決議であつて、三者会議にそれを委託したことはなかつた。然るに三者会議で除名を決定したことは明に違法である。

(5)  仮に三者会議に委託した決議があつたとしても組合員の除名と言う重大な事柄の決定に会社側の介入を許すことは御用組合を禁止し不当解雇を禁止した憲法並労働法の根本精神に照し無効である。

(6)  仮りに有効としても除名決定は慎重な調査と十分な確証に基いて行はなければならないのに三者間の馴合ひと陰謀から漫然除名したことは違法である。而かも申請人等は何れも同坑に永年勤続し優秀な稼働成績を挙げて増産に尽力して来たもの許りである。

(7)  被申請人労組は生産を阻害したから除名したと主張するが、申請人等は増産に功労こそあれ決して生産を阻害した事実はない。

平山炭坑の出炭不振の原因は同坑に於ける資金資材の不足と坑内採炭条件の悪化に基因するものでそれを申請人等の責に帰して除名することは不当も甚だしい。

(8)  被申請人会社は表面上は除名があつたから解雇したと主張しているが、其の実は申請人等の二坑スト並闘争宣言に対する責任を追求して解雇したものである。之は明に労働組合法第十一条に違反したものであると言はなければならない。

(四)  以上不当な除名並解雇処分に依り申請人等は多数の家族を擁し其の日から路頭に迷う悲惨な境遇に陥つた。被申請人等に対する除名並解雇無効確認請求事件の本訴は近日中に提起するが、その確定に至る迄此の状態を続けることは不可能であるから止むなく民事訴訟法第七百六十条の規定に依り仮の地位を求める為本申請に及んだと述べ、其の主張に反する被申請人等の抗弁事実を否認した。(疏明省略)

被申請人両名訴訟代理人等は申請人等の申請を却下するとの裁判を求め、答弁として申請人等主張事実中一、二の事実は認めるが其の他は否認する。特配、融資の停止で窮地に陥つた平山炭坑では善処の方策を講ずる為爾来数度三者会議を開き結局生産対策要網を強力に完全実施する以外に道はないことに意見一致すると共に、其の実施を阻害する者は責任を追求することに決定した昭和二十四年一月二日労組は臨時総会を開き生産阻害者に対しては、除名処分に依り退山を求め、其の人員及指名は三者会議に委任することを決議した。三者の代表は各々の代表権限を以て慎重審議の結果申請人等十五名の外三名を加へた十八名を退去させることに決定し労組に通告した。

労組は一応事を穏便に処置する為右各人に対し、夫々情を含め辞表の提出を慫憑したが、中一名が辞意を表明したのみで、他は拒否した為已むなく昭和二十四年一月十六日除名を各人に通告し、一方会社に対しても其の旨を通告した。会社は除名通告により労働協約第二条に基き申請人等の解雇を決定し、各本人に通告したのであつて、その間何等の違法不当もない。従つて申請人等の申請は失当であるから却下され度いと述べた。(疏明省略)

理由

申請人等が被申請人明治鉱業株式会社平山鉱業所(以下単に平山炭坑或は会社と略称する)の従業員で同炭鉱労働組合(以下労組と略称する)の組合員であつたこと。昭和二十四年一月十六日労組は申請人等を除名し会社は協約に従つて同日申請人等を解雇したことは当事者間に争がない。申請人等は右除名は無効であると主張し被申請人等は之を争ふので、先づ右除名並解雇が如何なる経緯の下になされたかを明かにし、次でそれが果して違法であるかの判断をする。

九州炭坑特別調査団が昭和二十三年十一月十六、十七の両日に亘り出炭不振の平山炭坑を調査し速に強力な労資協調の体制を樹立することを要請したことは当事者間に争がない。

当事者の平山炭坑の状態がどうであつたかは成立に争ひのない疏乙第二号証及証人的野虎雄の証言に依り真正に成立したと認められる疏乙第十七号証の三の各記載を綜合すると、出炭状況は割当目標に対し同年四月九一・五%五月八七・三%六月七九・二%七月八一・四%八月八五・四%九月八七・九十月八二・五十一月七六・四%と逐次下降し極めて不良の状態を呈してきた。右調査団が指摘したところに依ると、其の減産の原因は機械の故障が一一%自然条件の悪化が三四・六%水洗歩止りに因るもの一七・三%坑内出稼率の低下が三五%を占めていた。殊に採炭夫の出勤率は、同年四月八八%五月八三%六月七五%七月七八%八月七九%九月七九・八%十月七九%となつていたので、之を八五%以上に引上げなければならない状態にあつたことが認められる。

会社、労組、並同坑職員労働組合(以下職組と略称する)の三者が労資協調して同年十二月三日合同協定に依る生産対策要綱を作成実施することになつたことは、当事者間に争なく之は調査団に要請される迄もなく、当時の平山炭坑として、祖国の再建を憂ふるものの誰しも実行しなければならないことと考へる。

然るに之より先同年十一月二十六日同坑二坑右九片一番払で発生した坑員と職員との紛争に端を発し、二坑直接夫が同年十二月八日一番方から無期除ストに突入した。之が直接の原因となり調査団から平山炭坑は翌九月以降加配米、全褒賞物資、特配物資の配給、並炭住計画の各停止の措置がとられるに至つたことは当事者間に争いがない。労組が当時の同炭坑の実状と客観状勢を他所に何故二坑ストを惹起したか、その真相は深く探究されなければならないところである。成立に争のない疏乙第三号証の二、証人泉上の証言に依り真正に成立したと認められる疏乙第十九号証、申請本人中尾由太郎の供述により真正に成立したと認められる疏甲第二号証及同第三号の各記載を綜合すると、当時労組の幹部として申請人中尾由太郎は副組合長、同山口覚は組織部長、同野沢正一は青年部長、同川井武義は青年副部長、同中島敏夫は厚生副部長、同富永福夫、同遊馬勇、同新福政治、同武井正春、同鳥越勝は何れも執行委員で同中島孝之と共に以上十一名は、共産党平山細胞の面々であり申請人藤川幸明は組合長、同小淵恒良は組合書記長、同村上勝義は情宣部長、同徳本幹夫は青年部副部長の夫々地位に就いていたものであるがそもそも二坑ストの原因となつた紛争と言ふのは採炭夫が昇坑間際になつて、予定の仕事が捗つていなかった為、採炭課員に切羽の残炭を更に積んで呉れと要求されたのを拒否した、其の際の双方の言葉遣ひがもとで両者の間に感情的ないさかいを生じたものであつた。

ところが、共産党平山細胞は之を会社側の人権無視と労働強要であると喧伝して、直に同年十一月二十八日には此の問題を二坑直接夫全体へ次で同年十二月五日には労組全体の問題へと発展拡大させ、申請人等幹部は何れも之に同調して遂に労組の大勢は二坑ストへと走つたことが認められる。結局之は共産党細胞と之に同調した労組の一部幹部に煽動された労組の無責任極まるストであつたと言ふ外はないのである。

日本の復興と民主化に労働組合の自主性とその民主化が極めて重大な而も深い関係のあることは、明らかなことであり、当時平山炭坑は、真に労資が協力して、増産に邁進しなければならない時機に際会していたにも拘らず、その労組が右に述べたような全く自主性のない実状にあつたと言ふことは何より批難されなけれがならない。占領軍の好意と全国民の犠牲とによつて賄はれている炭坑の恩恵と特権が調査団によつて停止されたと言ふことは当然と言ふべきである。

全従業員並会社を一瞬にして悲境の底に陥れており乍ら然も尚共産党平山細胞が同年十二月十一日闘争宣言を発して飽く迄も二坑ストに拍車をかける態度に出たと言ふことは其の間に如何なる事情が伏在したにせよ全く言語同断の振舞である。会社、労組、職組の三者会議が同月十七日開かれて、此の共産党細胞の行為の責任を追及することとなり、生産阻害者は三者の名で排除することとなつたことは当事者間に争がない。然して成立に争ない疏乙第六号証の記載に証人的野虎雄の証言を綜合すれば此の三者は夫々の機関を代表して前記事項を協議決定したことが認められ、尚其の詳細は生産対策要綱に基く増産を阻害するが如き言動を弄する者は如何なる団体と個人とを問はず三者の名を以て敢然之を排除する。排除の方途に付ては三者協議の上別途之を定めると言ふことであつたことは成立に争はない疏乙第七号証の記載に照し明かである。

其の後昭和二十四年一月二日労組臨時総会で申請人等幹部は辞職し新幹部の選出があつて同月十五日事務引継が行はれ同日開かれた三者会議で申請人等の除名退山が決定されたことは、当事者に争なく証人的野虎雄の証言に依り真正に成立したと認められる疏乙第八・第九号証の記載に徴すれば、此の三者会議は先に前年十二月十七日三者で協議決定した事項を再確認すると共に其の目的を共産党平山細胞の行為の責任を追求する件に関することだけに止め、細胞の意味は生産阻害者たる共産党員及同調者を含むものと解し、此の者等に対する具体的措置を協議決定すること、此の会議の決定は三者を拘束する。従つて三者の各機関は即時決定事項を実施すること、此の会議で決定した事項に付ては鉱員就業規則及既存の協約又は協定其の他に抵触する場合に於ては、此の会議の決定に従ふことと言ふ細目に亘つての協定が出来ていたことが明かで、此の協定に基き三者会議は、先に述べた如く労組の自主性をじうりんし労資協調しなければならないときに、之に反することはそれ丈でも生産阻害者としての責任を問はれても已むを得ない振舞に出でた申請人等を除名することに決定したのである。

そして労組は右の協定に従つて冒頭に述べた通り申請人等を除名し、会社は解雇したものであつて、結局申請人等の除名を決定したのは此の三者会議であり、三者会議は以上に述べた経緯からして、その除名を決定するに至つたわけである。そこでこの三者会議に除名決定の権限を認めることが、果して妥当かどうかに付て判断するに、当時の平山炭坑の客観状勢は、労資が協力一致して、増産に邁進しなければならない時であつた。然るに労組自主性の著しい欠如が原因して事情は急激に悪化し同炭坑全従業員並会社全体の死活に関する事態が発生するに至つた。而も申請人等は此の事態を更に悪化せしめる態度に出たのである。此の窮地を同一の運命の岐路に立つ会社、労組、職組の三者が一体となつて克服することは事理の当然と言はなければならない。先に述べた三者会議の成立過程その目的、性格並申請人等を除名するに至つたその実状を仔細に検討するとき、此の会議に斯る権限を認めることは妥当であると判断する外はない。

而も以上認定の諸般の事情を考慮した場合申請人等を除名退山させることは、此の際真に已むを得ざる実質的理由があつたと認めることが出来る。

申請人等の主張する(1)乃至(5)の除名無効の理由は畢境除名は飽く迄も労組自身の決定すべき事柄であると言ふことに帰着するが、労組自らが平山炭坑全体に斯る非常の事態を招来させておき乍ら全体の為、実質的必要のある除名権限換言すれば事態解決の権限まで自己のみにしかないと主張するのは、思はざるも甚しいと言はなければならない。

証人奥田福雄、泉上の各証言を綜合すると昭和二十四年一月二日の臨時総会では慥かに申請人等の主張する通り、除名を三者会議に委託する決議のなかつたことは明かであるが、斯る事実は右の理由からして別に顧慮する必要はない。尚三者会議は憲法、労働法の根本精神に反すると主張するが、全体の幸福を祈念し実現する三者会議の根本精神こそ、憲法、労働法の精神に沿ふ所以である。申請人等の主張する(6)の馴合ひと陰謀から漫然除名したとの点については、之に沿ふ疏甲第三号証の記載は措信出来ない。他の申請人等提出の全ての疏明方法を以てしても之を認めることは出来ない。

申請人等が何れも共産党細胞又はその同調者として生産を阻害した事実が明かであるから、除名されたことは前述の通りである。従つて此の点に関連する申請人等の(7)の主張も採用できない。

以上の見解に依り当裁判所は右除名は有効であると認定する。

次に申請人等は被申請人会社は表面上は除名があつたら解雇したと主張しているが、其の実は申請人等の二坑スト並闘争宣言に対する責任を追求して解雇したものであると主張するが、申請人等提出の疏明方法では一つも之を認めることが出来るものがない。然して除名が有効である以上労働協約第二条にはクローズドシヨツプ制が採用されていることは、前顕疏甲第三号証の記載により明かであるから会社がその協約に従い申請人等を解雇したことは正当であると言はなければならない。

依つて申請人等の申請は之を失当として排斥し訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文の通り判決する。

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